マイ・スウィート・ビーンズ

齋藤崇治。東大博士課程で政治学を研究しています。

オーバードクターは何を食って生きているのか〜オーバードクター用職探し体験記〜

中にいるのと外から見るとでどうも印象が違うものにオーバードクター問題がある。オーバードクターとは、「標準修業年限=3年を上回って博士課程に在籍すること」である。文科省オーバードクターを問題として考えているらしく、たくさん資料が見つかる。例えば以下のリンクの資料2の9ページには、オーバードクター問題の要因として様々なものが列挙されている。

www.mext.go.jp

 

TwitterGoogleあたりで「オーバードクター」「オーバードクター 収入」で検索すると分かるが大体、オーバードクター=死である。九州大でのオーバードクターの火災事件も、おそらくこうしたイメージに一役買っていることだろう。

news.yahoo.co.jp

 

では、オーバードクターたちはどのように生きているのだろうか。この記事ではその一端と食い扶持について説明を加えていきたい。

 

楽しそうなオーバードクターたち

まず強調したいのは、人文社会系の場合、オーバードクターはごく当たり前であるということだ。つまり、オーバードクター=優秀ではない、という図式は全く当てはまらない。人文社会系における優秀さを示す一つの変数として「博論を書籍として刊行したか」が挙げられると思うが、直近で博論を本として刊行された先輩方もオーバードクターしている場合がかなり多い。

 

こうなる要因は先ほどの文科省資料にも様々列挙されているが、私は、博士修了で想定される研究成果と標準年限のギャップが大きいことが最も大きい要因であると考えている。要は、人文社会系で博士号を取るには3年は短すぎるということだ。

 

そのため、博士4年生や5年生程度の場合、まだまだ同期のオーバードクターは多い。なので、会話の際に悲壮感や諦めが漂うなんてことはない。研究室で会って行うのは楽しい楽しい研究の話である。最近のデータ分析の結果がどうだったかとか、フィールドワーク先のアクシデントの話とか、本当に楽しい話で溢れている。この点はあまり博士1、2年の時とは変わらない。

 

オーバードクターは何を食って生きているのか

さて本題である。そもそも博士課程院生の食い扶持は今なお学振である。学振DC1と呼ばれる区分の場合、博士1年の4月から博士3年の3月まで月20万円の給料が支給される。そして、かつては当たり前であった博士課程在学中の学振PD(ポスドク用の学振)受給も改革によってできなくなってしまった。このことからも、文部科学省=日本学術振興会は、標準年限=3年での修了・博士論文合格を前提としていることがわかる。

 

そのため、博士4年生以上、すなわちオーバードクターは、直ちに収入の問題が生じるのである。近年は、修士2年時の学振DC1の応募が当然になり、また標準年限中の博士学生への支援も広がっている一方、オーバードクター向けの情報がネット上にほとんど落ちていないことも、「オーバードクター=死」のイメージに一役買っていることであろう。

 

結論から言えば、オーバードクターでも食い扶持はいくらかある。私の場合、博士4年4月時点で(当時はコロナ特例でDC1は3.5年もらえた)次のポストを探し始めて10月から特任研究員のポストを見つけた。つまり、無収入期間なく、次のポストに移行できた。なのでその体験をここに書き残したい。

 

1 オーバードクター用ポスト募集の種類

まず、オーバードクターが研究を行うことができるポストや資金源を見つける上で、以下の選択肢がある。

 

Jrec-inで見つける

・知り合いの先生や先輩からの紹介

 

博士院生で知らぬものはいないであろうが、Jrec-inとは博士向けの求人サイトである。ここに載っている求人は博士号を取得した人向けが多いが、目を凝らせば必ずしも博士号を要件としない求人もある。「博士号取得見込みの者」「大学院博士課程後期課程に3年以上在学した者」「大学院修士修了者」を対象とした求人は案外見つかる。

 

知り合いの先生や先輩からの紹介とは「コネ」を想起させるが、必ずしもそれのみで決まる訳ではない。有期の研究員ポストの募集の場合、そもそもJrec-inに載らない場合も多く、募集があるという情報を入手し選考に応募する時点で有利ということがままある。また、私の耳に入っている話でも、採用側が研究員候補を見つけられずに困っている事例もある。これは、採用側と職を探しているオーバードクターポスドクがお互いのことを知らない故に生じた結果であり、もったいない話である。

 

2 オーバードクター用ポストの獲得

あらかじめ断っておくと、私は4月から9月までに6つのオーバードクター用ポストに応募し、10月から現在のポストに採用された。この半年で感じたオーバードクター用ポスト探しの難しさは、オーバードクター用ポストの少なさと倍率である。倍率に関してはどうしようもないので、少なさの問題について解説していく。

 

オーバードクター用ポストが少ないことは、すでに触れた通りであるが、学振DCを除き、多くの公募ポストは博士号取得前提である。そのため、オーバードクター用ポストを探す時に必要なのは、応募できるポストの数を増やすことである。

 

応募できるポストの数を増やすのに必要なことは、自分にできることを増やすことである。自分にできることを増やすことも大きく2つに分かれ、新しい領域に手を出すことと、自分にできることを再解釈することである。私の場合、専門はアメリカ政治であり、当然アメリカ政治で博論を書くことになる。しかし、アメリカ政治だけを対象として職探しをした訳では当然ない。任期の無い専任講師以上であれば、無論、その分野の論文・書籍を持たない研究者を採用することはないであろう。しかし、オーバードクターポスドク程度であれば、当然それまでの研究との関連付けは必要であるものの、その分野の業績を持たない研究者がそのポストに応募することは「挑戦」として割と好意的に捉えられる印象がある。また、自分ができることと募集をすり合わせていくと、自分のできることがそのまま活かせるということも多い。あとは業績や研究計画という内容勝負の側面が強い。

3 研究員ポストの見極め

ポスドクオーバードクター用のポストは様々あるが、待遇はポストによって全く異なる。募集をよく読むと研究時間が全く与えられなさそうなものあれば、ほぼ自由に研究できるものまで様々である。前者で就職してしまうと悲惨で、博士論文を書けないまま満期退学を迎えることもあり得る。そのため、募集をしっかり読んで、博論執筆に問題なさそうなポストを選ぶ必要がある。

 

まとめ

文系においてはオーバードクターは決して珍しくない。また、オーバードクター用のポジションもなんだかんだある。ポストの内容には注意しなければならないが、オーバードクターも楽しく研究をしていることが伝われば幸いである。